「行人」夏目漱石 レビュー
「行人(こうじん)」夏目漱石
「彼岸過迄」「行人」「こころ」は夏目漱石の朝日の新聞小説で後期三部作に分類されています。
「彼岸過迄が1912年元旦~4月末、「行人」が1912年12月~1913年11月、「こころ」は1914年4月~8月までの連載で、時代は明治から大正に変った頃で、およそ100年前の作品です。
この中では「こころ」を読まれた方がもっとも多いでしょうが、今回は「行人」の感想です。
「行人」とは「道を行く人」つまり旅人のことで、この作品には自分(二郎)の旅と兄(一郎)の旅、二度の旅の話が出てきます。
メインは兄の旅の話で、二郎が「兄を旅に連れ出す」ように頼んだ兄の友人Hが二郎に宛てた手紙がこの小説の核をなしています。
そういえば次の作品「こころ」も先生の手紙が核となっていますね。
兄一郎は漱石自身を色濃く反映しているという見方がありますが、俄か漱石ファンの私でさえそう感じてしまい、少なからず心が痛くなるのを覚えました。
人の心の内をこんなにも深く読み取ったり感じたり考えたりすることができない凡人なら、胃潰瘍に苦しめられ早死することもなかっただろうと思います。
でも、後世に残る優れた作品を多数生み出せたのも、漱石には稀にみる心の機敏さと優れた頭脳があり、そして底に溢れるほどの「人間愛」があったからだと思います。
兄(漱石)の心の葛藤の他には、ほとんどが核家族となった現代では悩むことも少なくなった兄弟の配偶者との関わりなど、微妙な心の内が絶妙な筆致で描かれていて、そんなところにも興味をそそられました。
また二郎にも一郎にも心を汲み取ろうとしてくれる友人がいるのですが、私自身を振り返ってもそのような友がいるだろうかと考えてしまうし、当時に比べ現代人の友人関係の希薄さを思います。
そういう意味では私は結構熱いので、今風の浅い付き合いを淋しく感じてしまうこともあります。
2010-01-26